ひとかじりで、タイムスリップ。

坂ビスケット

TEXT/REINA ABE, PHOTO/NAOKO TAKAHASHI

北海道民ならきっと一度は食べたことのあるビスケット。そんな坂ビスケットで有名な坂栄養食品のはじまりは、なんと明治44年。道北・士別市にでんぷん工場として創業したのち、昭和30年に本社と工場を現在地に移しました。せわしなく車が行き交う通りで、白い壁に書かれた「坂ビスケット」のレトロな赤い文字が異彩を放っています。工場併設の売店ではビスケットやクッキーを直売。店内に設けられたお茶コーナーは、年配の方が「ちょっと休ませてね」と利用していくそうです。通りに面したショーケースには、珍しい貝殻や石が規則正しく飾られています。

アルファベットをかたどった、しおA字フライ。自分の名前をローマ字で並べようとして、どうしても完成できなかったことはないでしょうか。実は、9文字だけ作っていないのだそうです。どの字が足りないかは「細い形は折れやすくて難しい」のがヒントになるかもしれません。ほかにも、ビスケットでクリームをはさんだラインサンド、砂糖がけサクサク食感のジムガケ、非常食クラッカー、健康食ヘルスフード……レトロなパッケージが思い出を呼び覚まします。スタッフの方に尋ねると、「ごまスティックビスケットもおすすめです」とのこと。一番人気は、製造途中で割れやひびが入ったものを詰め合わせた割ビスケット。もちろん味に変わりはなく、数枚が割れているだけで、ほとんどはきれいな形のまま。ご近所の男性でしょうか、ふらりとやってきて、迷いなく2袋ほど買っていきました。

坂ビスケットのもう一つの顔、レトロスペース・坂会館。もとはレストランだった建物に、古い日用品を展示しています。売店に隣接しており、ガラス戸ごしに様子を窺えば、妖しさ満点。中に進むと、人形、文房具、マッチ箱、洗剤、ポスター、ノベルティグッズなどなど、多種多様の品々が所狭しと陳列されていました。長年勤めている方でも、その総数を把握できないそうです。開設して21年になるそうですが、そもそものきっかけは、ゴミ捨て場に打ち捨てられたマネキン人形が、人間の姿と重なったこと。また、並びの個人商店が次々と閉店していく中で、人通りを絶やしたくないという館長の思いもあったそうです。そうして集められたモノには、エピソードも尽きません。特に印象深い話として教えてくれたのが、廃業した床屋さんから譲り受けた椅子が、偶然にも、東京から訪れた女性のお父さんが製作したものだった……というもの。小さな鉛筆1本だって、誰かのドラマを秘めたまま、ここに辿り着いたのかもしれません。

素朴さと妖艶さ。相容れない要素が隣り合い、なぜだかしっくりと馴染んでいる不思議な空間。変わらない優しい味わいのビスケットが、昔と今をつないでいるのでしょう。

坂栄養食品

札幌市西区二十四軒3条7丁目3-22
TEL.011-632-5796(売店)

[坂ビスケット売店]
営業時間/月〜金曜 9:30~18:00
     土曜 10:00〜17:00
定休日/日曜、祝日、年末年始

[レトロスペース・坂会館]
営業時間/月〜金曜 11:00~18:30
     土曜 10:00〜16:30
定休日/日曜、祝日、年末年始